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東京高等裁判所 昭和56年(ラ)145号 決定 1982年2月04日

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

小野拓美

外五名

相手方

紙西トキ

右当事者間の東京地方裁判所昭和五三年(ワ)第二九二七号損害賠償請求事件について、同裁判所が昭和五六年二月一九日にした文書提出命令申立認容決定に対し、抗告人から即時抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一本件抗告の趣旨は「原決定を取消す。相手方の申立を却下する。申立費用は相手方の負担とする。」との裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙即時抗告申立理由補充書記載のとおりである。

二原決定は、本件航空事故調査報告書(以下「本件文書」という。)は民事訴訟法三一二条三号後段の文書に該当し、かつその提出の必要があると認めて、相手方(原告)の申立に基づき、抗告人(被告)に該文書の提出を命じたものであるが、当裁判所は、原審の右判断は正当であつてこれを維持すべきものと考える。その理由は、以下に述べるとおりである。

1  およそ或る文書が民事訴訟法三一二条三号後段に該当するか否か、すなわち、該文書が挙証者と文書所持者との間の法律関係につき作成されたといえるか否かは、右規定の立法の趣旨に即し、その文言に従い、合目的的に解釈して決すべきである。

ところで、前記三一二条三号後段の規定の趣旨は、挙証者の利益、ひいて訴訟における真実発見の見地からだけではなく、提出を強制されることによつて受ける文書所持者の不利益にも十分思いを致し、提出すべき文書の範囲を限定するにあることは、まさに抗告人の指摘するとおりである。所論は、この点に関する原判示は、挙証者の利益、ひいては裁判所の適正判断という観点からのみ片面的に考察していると述べ、たしかに右原判示には措辞に不十分な点はあるが、右判示に続く箇所を合わせて熟読すれば、原裁判所の見解も、当裁判所のそれと異なるものではなく、たまたま法律関係文書を抗告人主張のように限定すべき理由がないことを説示するため、挙証者の利益に言及したものと解されるのである。

右三一二条三号後段は、「法律関係ニ付」と規定する。思うに、(一)挙証者と所持者との間に契約関係がある場合、右契約関係について作成された文書が、右規定にいう「法律関係ニ付作成セラレタルトキ」に該当することはいうまでもない。しかし、右法律関係を契約関係のみに限定すべき理由はなく、契約の不履行に基づく損害賠償請求の権利義務の関係、更には、不法行為に基づく損害賠償請求の権利義務の関係も右法律関係に含まれると解すべきである。けだし、そう解釈しないと、右規定は、その存在理由の一半を失うことになるからである(但し、或る事項が訴訟において争われているというだけで、右にいう法律関係となるわけではない。)。(二)しかし、右法律関係に関連して作成された文書をすべて含むものとすれば、右関連性は、直接的なものから間接的なものへと無限に拡大してゆき、右規定を設けた趣旨に反することになる。そこで、右三号後段は、「法律関係ニ付作成セラレタルトキ」と規定して、右関連性を制限しているのであ判旨る。すなわち、ここに「法律関係ニ付作成セラレタ」文書とは、「法律関係に関し」というよりは狭く、その内容に、当該法律関係自体が記載されている場合、当該法律関係の発生、変更、消滅をきたす事実が記載されている場合など、直接当該法律関係の存否を明らかにするに足る文書をいうものと解すべきである。

2  そこで、以上の見地に立ち、本件文書について検討するに、本件訴訟の主要な争点並びに右文書の性格ないし作成の根拠及びその記載内容は、原判示のとおりである(原決定七枚目裏末行から九枚目表一行目までの記載をここに引用する。)から、本件文書には、本件訴訟の主要な争点である事故機の設置、管理に関する安全配慮義務違反の存否の判断に直接影響を及ぼす具体的事実が記載されているものと推認することができ、本件文書は、抗告人と相手方間の法律関係につき作成された文書であるというべきである。

所論は、右三号後段の文書というためには、その文書が、当該法律関係に関して作成されたことを要する、文書作成の段階において、挙証者との間の法律関係が前提として存在し、これに関連して作成されていなければならない、と主張するが、当裁判所の見解は、前述のとおりであつて、右主張は、採用することはできない。既に法律が、法律関係につき作成されたことを要件としている以上、更に進んで、所論のように、文書が法律関係に関してすなわち法律関係に関係せしめられて作成されたかどうかが、提出命令の許否を左右する重要な要素になるとは考えられない。又、前述のように、直接当該法律関係の存否を明らかにするに足る文書であることを要するから、所論が行政訴訟及び国家賠償請求事件について述べるごとき問題も、この基本的見解に立つて判断されることとなる。因みに、民事訴訟法三一二条三号前段は「挙証者ノ利益ノ為ニ」と規定し、作成目的を明示しているのに対し、同号後段は、何らかかる規定がないのである。

3  抗告人は、本件文書は、専ら航空自衛隊内部の必要から、その目的に使用するために作成された自己使用文書であるから、民事訴訟法三一二条後段の文書に当らない旨主張する(所論は、本件文書は法律関係に関して作成された文書ではないという主張と右主張とを表裏の関係において述べているが、前者が採用し得ないことについては、前述した。)。

挙証者と所持者との法律関係につき作成された文書であつても、それがいわゆる自己使用文書であるときは、右三号後段の文書に該当しないというべきである。ここに自己使用文書とは、メモ、日記などのごとく(例えば、売買の事実が記載されている場合)、所持者が、専ら自己使用のため作成した文書をいうものと解される。これを本件文書についてみるに、なるほど本件文書は、自衛隊内において航空機事故について、その原因を究明し、その後の事故の発生を防止するために作成されたものであるが、右文書の作成は、昭和三〇年五月二六日防衛庁訓令第三五号にその根拠をおくものであつて、作成者の任意の判断によつたものではないこと、本件文書は、航空自衛隊における航空事故の発生の情況及び事故原因について調査した結果を航空幕僚長に報告すべく作成されるものであつて、公益にかかわるものであることなどから考えると、本件文書をもつて、右メモ、日記などと同列に論ずるのは相当でないというべきである。

4  以上のとおりであるから、本件文書は民事訴訟法三一二条三号後段の文書に該当すると解するのが相当であり、その提出の必要性の認められることは、原決定(同九枚目裏七行目から同一〇枚目表七行目)までが説示するとおりである。

三次に、抗告人は、仮に本件文書が民事訴訟法三一二条三号後段に該当するとしても、これが公開されると、航空機事故の調査に必要な関係者の協力が得られなくなり、有力な調査方法を放棄せざるを得ず、ひいて今後の事故に伴う人的物的の損害防止という重大な国家的利益を失うことになるのであり、右利益は、挙証者の訴訟上の利益を上回るから、抗告人は提出義務を負わない旨主張する。

思うに、所論のように、本件文書が公開されると、航空機事故の調査に必要な関係者の協力を得ることが困難になり、今後の調査に支障をきたすおそれがあること、その意味で、航空自衛隊の内部において、事故調査報告書の公表を厳格に禁止し、或いは右報告書を他の目的に使用することを制限するなどの配慮をしていることは、首肯することができるが、前述のように、本件文書提出の義務と必要性が認められる以上、抗告人が、こうした理由のみで、その提出を拒むことができると解することはできない。

四よつて、原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(杉田洋一 松岡登 野崎幸雄)

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